人生について|離婚は終わりじゃなくて、私が私を好きになる始まりだった
離婚は、人生の終わりではありませんでした。
もちろん、当時の私はそんな風にキレイに思えていたわけではありません。
「私のことを分かってくれる人なんて、誰もいない」
「みんな勝手なことばっかり言って」
「もうムリ」
そんな言葉が、頭の中をぐるぐるしていました。
今思えば、かなりトゲトゲしていたと思います。
たぶん、全身ハリネズミ。近づいた人、すみません。

でも、そんな私が少しずつ変わるきっかけになったのが、YouTubeでした。
今回は、離婚後の私がYouTubeを通して考え方を変え、今の『自分のことを好きな私』になるまでの話を書いてみようと思います。
きっかけは「また恋愛したいなぁ」だった
離婚後、私はふと思いました。
「また恋愛したいなぁ」
でもその前に、まず男性のことを知らないとダメなのかもしれない。
そう思ってYouTubeを探し始めたのが、2020年7月のことでした。
そして、2020年7月18日。
YouTuberのしゅくろーさんの動画に出会いました。
そこから、しゅくろーさんの動画を見倒しました。
男性脳と女性脳の違い。
考え方の違い。
受け取り方の違い。
もう、かなり目から鱗でした。
私がよく怒っていたことは、女性あるあるだったのかもしれない。
そして、付き合っていた男性がしていた行動も、男性あるあるだったのかもしれない。
そう知ったとき、少しだけ力が抜けました。
私だけがおかしかったわけじゃない
しゅくろーさんの動画を見て、一番大きかった気づきはこれです。
私だけがおかしかったわけじゃない。
でも、相手だけが悪かったわけでもない。
結局、どこかお互い様で、どちらも何かしら我慢していたのかもしれません。
ただ、その我慢を言わなかっただけ。
言わなかった我慢は、いつか爆発します。
爆発したときには、もう優しく伝える余裕なんてありません。
「なんで分かってくれないの?」
「どうしてそうなるの?」
「普通こうじゃない?」
そうやって責めてしまう。
でも、相手にも相手なりの思いや理由があったのかもしれません。
何も考えていなかったから、そうなってしまったのかもしれない。
悪気がなかった部分もあったのかもしれない。
もし我慢が爆発する前に、相手がどんな思いでそうしていたのかを考えられていたら。
もし責める前に『少しでも努力してくれた部分』を認められていたら。
もしかしたら、違う未来もあったのかなと思うことがあります。
すべてはタラレバです。
でも、そう考えられるようになったこと自体が、私にとっては大きな変化でした。
結婚するときに知っていたら、離婚していなかったのかな
正直に言うと、思ったことがあります。
「結婚するときに、この動画に出会えていたら、もしかしたら離婚していなかったのかもしれない」
でも、それも結局はタラレバです。
もし離婚していなかったら、今の私はいなかったかもしれません。
今の私は、人生を楽しめています。
前よりもずっと、自分のことが好きです。
そう思える今があるなら、離婚は私にとって、ただの終わりではなかったのだと思います。
そこから『人は何を考えるのか』が気になり始めた
しゅくろーさんの動画を見たことをきっかけに、私は恋愛だけではなく、人の考え方そのものに興味を持つようになりました。
人は何を考えているのか。
どうして同じ出来事でも、受け取り方がこんなに違うのか。
どうすれば、もっと楽に人と関われるのか。
そんなことを知りたくなって、考え方の動画を探すようになりました。
そして、2021年2月20日。
YouTuberの両学長、リベラルアーツ大学の動画に辿り着きました。
両学長の言葉が、私の考え方を変えた
両学長の動画で、特に私の心に響いた言葉があります。
他人は変えられない
変えられるのは自分と未来だけ
今日が一番若い日

この言葉たちに出会って、私は少しずつ考え方が変わっていきました。
特に『原因自分論』という考え方は、私にとって大きな転機でした。
全部自分が悪いと責めるための考え方ではなく、
『自分が変えられる部分に目を向ける』ための考え方
だと、私は受け取りました。
私はそれを聞いて、すんなり納得しました。
そっか。
いつの間にか私は、自分中心で考えて、相手にしてもらうのが当たり前だと思っていたのかもしれない。
相手を変えようとする前に、自分の言い方や行動を変えてみる。
そうすれば、未来は少し変わるかもしれない。
私は、そこにすごく救われました。
最初に変えたのは『自分の言い方』だった
両学長の考え方を知ってから、私が最初に変えたのは、自分の言い方でした。
相手が怒り出したとき、前の私なら、きっとこう思っていました。
「なんで怒るの?」
「意味が分かんない」
「あり得ない」
でも、少しずつこう考えるようになりました。
もしかしたら、私の言い方が分かりにくかったのかもしれない。
伝わっていないなら、言い方を変えてみよう。
一度で伝わらなければ、別の言葉で伝えてみる。
それでも伝わらなければ、もう一度だけ工夫してみる。
でも、3回伝えても本人に響かないなら、今はそれ以上、私が踏み込む必要はないのかもしれない。
今の私のルールは、
『伝え方は工夫する。でも、相手を無理に変えようとはしない』こと。
相手を変えようとしない、でも自分は守る
このルールを決めてから、人との関わり方が少し楽になりました。
「この人はこういう人だから仕方ないよね」と思えるようになったからです。
もちろん、諦めるという意味ではありません。
少し方向性を変えれば良くなりそうな人には、言葉を変えて伝えてみる。
親身になれるところは、ちゃんと親身になる。
でも、相手が受け取る準備ができていないなら、いったん引く。
これが、今の私にとって大事な距離感になりました。
昔の私は、たぶん『良かれと思って』のおせっかいおばさんだったのだと思います。
私にとっては助けのつもりでも、相手が欲しかった助けとは違ったのかもしれません。
そこに気づけたことも、大きかったです。
怒らずに説明できるようになった
昔の私は、怒りが出たらそのまま言葉にしてしまうことが多かったです。
でも今は、できるだけ時間を置いてから話すようになりました。
怒っているときの言葉は、どうしてもトゲトゲします。
相手を分からせたい気持ちが強くなって、言葉が強くなります。
でも、本当に伝えたいことは、相手を責めることではありません。
私はこう感じた。
こうされると悲しかった。
だから、次はこうしてほしい。
それを、できるだけ怒らずに説明する。
もちろん、毎回完璧にはできません。
できない日もあります。
ありますとも。人間だもの。
でも、『怒る前に少し時間を置く』という選択肢を持てるようになっただけで、人間関係はかなり変わりました。
ちゃんと伝えることで、安心してもらえるようになった
今の私は、大切な人にこんなふうに言われたことがあります。
ちゃんと分かるまで伝えてくれるから、安心して甘えられる。
この言葉は、すごく嬉しかったです。
昔の私だったら、きっと「なんで分かってくれないの?」で終わっていたかもしれません。
でも今は、
分かってもらうために言葉を変えてみる。
相手が受け取りやすい形を考えてみる。
それでも無理なら、いったん引く。
そういう関わり方が、少しずつできるようになりました。
これは、私が前よりも大好きになった自分の一部です。
見返りを求めすぎなくなった
もうひとつ、変わったことがあります。
昔の私は、どこかで見返りを求めていたのかもしれません。
「こんなにしてあげたのに。」
「どうして分かってくれないの。」
「どうして返してくれないの。」
そんな気持ちが、ゼロではなかったと思います。
でも今は、何かをして喜んでもらえたらもちろん嬉しい。
けれど、反応が返ってこなかったからといって、すぐに嫌いになることはなくなりました。
見返りを求めないことと、自分を犠牲にすることは違う。
自分をすり減らすほどの『与えすぎ』はしない。
そこは、今の私なりのルールです。
ここを間違えると、またおせっかいおばさんが顔を出します。
おせっかいおばさん、出番じゃないよ。座ってて。
サーバー契約で満足していた私が、記事を書けるようになった
昔から、思い立ったら即行動するところはありました。
やってみたいと思ったら、とりあえず動く。
そこは、今も昔もあまり変わっていないのかもしれません。
ただ、問題はそのあとです。
ブログも、前はサーバーを契約しただけで満足してしまって、継続するところまではなかなか進めませんでした。
「よし、始めるぞ!」と思って契約した時点で、なぜか一仕事終えた気持ちになる。
いや、まだ何も書いてないんだけど。
でも今は、こうして記事を書けています。
完璧な文章じゃなくても、まず書いてみる。
迷ったら相談しながら、自分の考えを整理してみる。
少しずつでも、形にしてみる。
そうやって、前は止まっていたところから一歩進めるようになりました。
私にとって大きかったのは、完璧にできることよりも、
『ゼロからイチ』にできたと思えるようになったことでした。
もちろん、今でもギリギリ行動はあります。
継続も得意とは言えません。
でも、サーバー契約で満足して止まっていた私が、今はこうして記事を書いている。
これは、かなり大きい。
少しずつでも進めている。
そう思えるようになっただけで、私は前よりも自分を認められるようになりました。
今日が一番若い日
両学長の言葉
『今日が一番若い日』
この言葉は、何かを始めたいと思ったときにも刺さります。
でも私にとっては、自分を変えたいと思ったときに、より強く響く言葉でした。
過去は変えられません。
離婚したことも、怒っていた自分も、相手を責めてしまったことも、なかったことにはできません。
でも、今日の自分の言葉を、少し変えることはできる。
今日の自分の行動を、少し変えることはできる。
今日の自分の考え方を、少し整えることはできる。
それなら、今日から変わればいい。
そう思えるようになったことが、私にとって大きな救いでした。
離婚は終わりじゃなくて、始まりだった
離婚した直後の私は、前向きとは言えませんでした。
「誰も私を分かってくれない。」
「怒る人は嫌い。」
「みんな勝手なことばかり言う。」
そんな風に思っていました。
でも、しゅくろーさんの動画に出会い、両学長の考え方に出会い、少しずつ自分の見方が変わりました。
「相手だけが悪かったわけじゃない。」
「私だけがおかしかったわけでもない。」
そして、他人を変えようとするよりも、自分が変えられる部分に目を向けるようになりました。
そう思えたことで、私は少しずつ人生のハンドルを自分に戻せた気がします。
今の私は、昔よりもずっと前向きです。
悩むことはあります。
人に相談しながら、自分の考えをまとめることもあります。
でも、悩みながらでも行動できるようになりました。
そして何より、今の私は、前よりもずっと自分のことが好きです。
変わりたいと思った日が、始まりでいい
人間関係がうまくいかないとき。
この先どうすればいいのか分からないとき。
変わりたいのに動けないとき。
そんなときは、自分を責めなくていいと思います。
でも、自分が変えられる部分を、ひとつだけ探してみる。
言い方を変えてみる。
時間を置いてみる。
期待しすぎるのをやめてみる。
3回伝えても届かないなら、少し引いてみる。
そんな小さなことで、未来は少しずつ変わっていくのかもしれません。
もちろん、今でも私は完璧ではありません。
ギリギリ行動だし、継続は苦手です。
でも、それでもゼロイチはできるようになった。
今日の私、えらい。
そう思えるようになっただけで、人生はだいぶ生きやすくなりました。
離婚は、私にとって終わりではありませんでした。
私が私を好きになるための、始まりだったのかもしれません。

今日もぜんぶ、ミになる。


